弁護士内橋一郎弁護士内橋一郎サイトマップ
CONTENTS MENU
HOME
当事務所のポリシー
メンバー紹介
活動分野一覧
医療事故・医療過誤 >>
金融商品取引・証券取引 >>
先物取引 >>
保険法 >>
独禁法・フランチャイズ >>
家事・相続 >>
一般民事 >>
再生手続 >>
相談・依頼までの手順 弁護士費用
コラム
インフォメーション
リンク
アクセス
プライバシーポリシー
コラム
2021.2.15 コラム一覧に戻る
過当取引再論(名古屋地判R3年1月20日)
弁護士 内橋一郎

過当取引再論(名古屋地判R3年1月20日)
            弁護士内橋一郎

1.本年(2021年)1月、2018年1月から3年間取り組んできた証券過当取引事案に関する判決が名古屋地裁でありました。
  過当取引というのは、証券会社が株式取引において、手数料稼ぎのため、顧客の意向・経験・資産に沿わないような頻繁売買、回転売買を行わせ、その結果大きな損害を被らせることをいいます。2015年7月15日のコラムでも過当取引のことを書きましたが、上記判決には重要な論点も含まれていますので、過当取引について再度述べたいと思います。
2.顧客は60歳代の男性で小さな会社の社長さん。金融資産の殆どを被告の証券会社と他社2社に預託して有価証券投資をしてきた方で投資経験も長い。当時も投資信託、仕組債、外国株式等に投資していました。ある時、支店長から誘われて初めて信用取引を始めます。投資経験は長いが担当者を信頼して任せるタイプの方です。信用取引を開始するに際し、支店長や担当者にはそんなに沢山儲けなくていいから大きな損がないように、無理がないようにと言っておりました。
 ところが担当者は、新興市場銘柄、殊に日々公表銘柄等の注意銘柄を中心に、デイトレードのような短期頻繁回転売買を始めました。新興企業は発展途上で成長期待できる反面業績不安定で株価変動が大きい面があります。日々公表銘柄というのは大幅な上昇や下落を繰り返すような投機的な値動きをしている銘柄を取引所が指定して投資家に注意喚起するものです。そういった銘柄ですので短期で大きな利益を得ることもありますがその逆になることもあります。そういった取引開始当初から新興市場銘柄、日々公表銘柄等の取引を頻繁に行っていましたが、担当者は顧客に対し、日々公表銘柄等の意味やそういった銘柄を取引することの危険性等についての説明をしていませんでした。
 象徴的なエピソードとして次のようなものがあります。前日に日々公表銘柄に指定されたばかりのP社株を5万株購入して直ちに売却して数十万円の利益が出ました。その数日後にも同じP社株を前回同様5万株購入しすぐに売却しようとしたのですが、買った途端に大きく下落しました。担当者は株価が下落したにもかかわらず、そのP社株をさらに5万株追加で購入しました。保有している銘柄の価格が下がった時に買い増しをして平均購入価格を下げることを難平(ナンピン)といいます。平均購入価格を下げることで価格が上がった時に利益が出やすくする手法ですが、さらに下落した場合にはより大きな損失が発生するリスクの高い方法でもあります。そうしたところ、価格はさらに下落し、その日のその銘柄の取引だけで1千数百万円の評価損が発生しました。
 さらに問題なことに、担当者はそのことを顧客には報告せず、他の銘柄を短期頻繁回転売買させることで「儲かっている」と言ってきました。確かに決済した銘柄の現実損益はプラスでしたが、P社等の保有銘柄では大きな評価損が発生していたのですから、不誠実な対応です。取引報告書には各取引結果の記載があり、毎月の月次報告書(取引残高報告書)には信用取引の評価損益が記載されているのですが、担当者を信頼して任せるタイプの方ですので、報告書を確認せず、担当者の言うことを信頼して、儲かっているとずっと信じてきたのでした。
 信用取引開始後3か月後に担当者が転勤した後、たまたま月次報告書を開いてみたところ、信用取引で3000万円近い評価損の記載を見て驚いて証券会社に連絡しました。担当者の言う「儲かっている」を信じてきたのに、騙されたという思いで、その証券会社の取引を止め、保有していた全銘柄を決済したところ、4千数百万円の損害が発生したというものです。
3.過当取引の違法性が認められるためには、過当取引の3要件(過当性、口座支配性、悪意性)を満たす必要性があるところ、名古屋地裁令和3年1月20日判決は(ア)取引回数の多さ・保有期間の短さ・買付額の大きさ、相場変動幅の大きい新興市場銘柄・日々公表銘柄等が大半を占めていること、外国株式や仕組債の経験があるものの信用取引の経験はなく、本件取引前の買付総額と本件とは大きく異なることや取引していた外国株式や仕組債の対象銘柄の株価変動率よりも本件取引の銘柄の方が相当大きいこと、注意銘柄が大半を占める取引は「無理しないように」という顧客の意向にマッチしないと支店長も法廷で供述していること等から、本件での信用取引は顧客の意向に照らして過当な取引である(過当性)とし、(イ)本件取引が担当者の主導によって行われたことは明らかで、担当者も顧客が担当者の提案や判断に依存しそれを信頼していることを十分に認識していたこと(口座支配性)、(ウ)担当者は、推奨する銘柄の業種や業績等詳細、約定金額や全体として取引規模、日々公表銘柄等の意味・背景事情・リスク等を説明せず、また本件取引で評価損が生じていることを報告しないまま、短期多数高額のリスクの大きい売買を繰り返しており、手数料等諸経費が相当高額であること等を踏まえると手数料稼ぎ等利益を得る意図があった(悪意性)として、不法行為責任を認めました(過失相殺5割)。
 また投資家が投資経験や投資意向等に照らして過当な取引を行おうとする場合、それが投資家の意思に基づくものであったとしても、証券会社は個々の取引に関して十分な情報を提供すべき義務があり、また過当な取引を行わないよう指導助言する義務を負うとして、日々公表銘柄の意味やリスク等の説明をせず、また保有銘柄の評価損益の報告をしていなかったのであるから、個々の銘柄の取引に関する情報提供義務や指導助言義務を尽くしていないのであり、情報提供義務違反や指導助言義務違反があるとしました。
4.証券訴訟は専門性が高く、勝つこと自体が容易とは言えない、難しい裁判の1つですが、本件では首尾よく勝訴することができ、一定の過失相殺はあるものの、依頼者の方にも喜んでもらえて満足できる成果を上げることができました。
 名古屋地裁判決で過当取引についての勝訴判決は5回目で、勝訴判決に等しい勝訴的和解を含めれば、成績は10勝1敗(勝訴判決5件、勝訴和解5件、敗訴1件)になります。2015年7月15日のコラム時点では7勝1敗だったのですが、その後3つ勝ち星を増やすことができました。近時金融庁が回転売買規制に乗り出す旨の報道がありましたが、このような過当取引事案は直ちにはなくならないでしょうから、被害救済を図り、できるだけこの記録は伸ばしていきたいと思います。
                                             

以上

弁護士内橋一郎
〒664-08523 兵庫県伊丹市南本町2丁目4番6号 コバコンスビル2階 TEL:072-787-8010
Copyright Ichiro Uchihashi All Rights Reserved.