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2007.07.24 コラム一覧に戻る
傷害保険と外来性要件の立証責任
〜最高裁平成19年7月6日判決について
1,餅を喉に詰めて窒息し、直ちに病院で蘇生措置を受けたものの、低酸素脳症による意識障害が残り、常に介護を要する状態になった方(Aさんといいます)の側から、災害補償金の請求を受けた中小企業災害補償共済が「本件事故はAさんの疾病が原因として生じたものであり、外来の事故で傷害を受けたものではない」として支払いを拒否し、上告していた事件について、最高裁は@請求者は外部からの作用による事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張立証すれば足り、被共済者の傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものではないことまで主張立証すべき責任を負うものではないとし、A本件についていえば、本件事故(喉詰め)がAの身体の外部からの作用による事故にあたること、本件事故と傷害(低酸素脳症)の間に相当因果関係があることは明らかであるから、Aは外来の事故により、傷害を受けたと言うべきであるとして、共済側の上告を棄却しました。

2,最高裁は、@本件での災害保証金の規約(「本件規約」といいます)が支払事由として、被共済者が「急激かつ偶然の外来の事故で身体に傷害を受けた」ことと定めていること、Aここにいう「外来の事故」とは被共済者(=被保険者)の身体の外部からの作用による事故をいうこと、Bそしてこの規定とは別に、補償の免責規定として被共済者の疾病によって生じた傷害については補償費を支払わない旨の規定を置いているという、本件規約の文言や構造から、請求する側は外部の作用による事故の発生と傷害との因果関係を主張立証すれば足りると判断しました。免責規定の主張立証責任は共済側にあると判断したのです。
 このような規定は一般の傷害保険も災害共済と同じ仕組みになっており、今回の最高裁判決は今後の保険実務に大きな影響を与えるだろうと言われています(日本経済新聞平成19年7月7日朝刊)。

3,中小企業災害補償共済の約款では、請求する側が、外来の事故と傷害との間に相当因果関係を立証したとしても、被共済者(被保険者)の疾病等によって傷害であることを共済側が立証できた場合については免責されるのですが、疾病を直接的な原因として傷害を生じた場合には外来の事故と傷害との間の相当因果関係が否定されるので、免責規定はそもそも妥当しないことになります。したがって、免責規定が意味を持つのは、疾病が原因となって外来的な事故を招いた場合に限られることになるはずです。
 では、このような免責規定がない場合にはどう考えるべきでしょうか。被保険者の疾病が原因(間接原因)となって外来の事故を招き、外来の事故により傷害が生じた時の問題です。
 この問題は、「コラム:高齢者の入浴(溺死)事故と傷害保険における外来性要件@(05・12・21)」、「同A(07・3・29)」で述べてきたところと同じ問題です。直接死因である溺死に、亡くなった方の疾患が影響した場合(あるいは影響した可能性があると判断される場合)に外来性の要件を満たすかという問題です。
 私は、「疾患による発作が生じた場所が悪かったために外来的力が作用した場合等には保険金の支払いを肯定すべきである」(弘文堂:商取引法第3版p475〜476)との江頭憲治郎早稲田大学大学院教授の見解が正しいと考えます。
 なぜなら、第1に、直接死因が溺死である以上、外部からの作用によるものであることは明白だからです。
 この点について山下友信東京大学大学院教授は「入浴中の溺死のごとき事例は日常生活で通常行われている入浴というプロセスの中で疾病による発作が生じてそれをもっぱらの原因として溺死している」として「傷害保険に基づく保険給付の対象とするのは不適切であろう」(有斐閣:保険法p482)とされています。しかし、近時は湯船につかる行為自体が「高温異常環境」に身を置くことであるとする医学的見解が有力であり、そうだとすれば、それは傷害保険でカバーされるべき事故であると考えます。
 第2に、最高裁7月6日判決は、請求者側は外来の事故と傷害との間の相当因果関係を主張証明すれば足り、疾病から傷害が生じた時は免責するとの免責規定は共済(保険会社)側が主張証明すべきであると、請求原因と抗弁事由に振り分け、峻別する考え方を採りましたが、その最高裁の考え方からからすれば、免責規定がない以上は、抗弁が認められないと考えられるからです。
 第3に、直接死因である溺死にいたるに際し、疾病が間接的にどう影響したかはほんとうのところは、はっきりしないからです。
 我が国では溺死の場合に解剖されないケースも多いのですが、入浴中の溺死事故について解剖がされていない場合には内因死とされる比率が90%以上ときわめて高く、外因死が10%に満たないのに対し、解剖がなされた場合には内因死の比率が60%程度で、外因死が35%も認められる等解剖を実施したか否かで診断率に明らかな格差があるとの報告があります。解剖されないケースでは安易に内因死であるとされる傾向があることを示すデータだと思われます。
 しかし、解剖される否かは保険請求者にとっては偶然的な事情であり、そのような偶然的事情により、保険金請求が認められたり、否定されたりするのは不公平であると考えるからです。

4,保険金は万が一の事故が起こった場合にその損害をカバーするものですから、保険金請求は請求する側から簡易に行えることが必要です。保険金をもらうために一々裁判をしなければならないというのは保険という制度から望ましいことではないと思います。
 この点、直接死因が溺死であるかどうかは比較的分かりやすいのですが、溺死にいたる経緯に疾患がどう影響したのかということは分かりにくい部分が多く、さらにその立証も容易ではないことに鑑みるならば、外来性の要件については直接死因について判断すべきであると考えます。
 「コラム:高齢者の溺死事故と外来性要件@、A」で紹介した名古屋高裁平成14年9月5日判決や大阪高裁平成17年12月1日判決はそういった配慮に基づくものですが、仮に保険金給付を認めない例外的な場面を認めるとしても(本来、そうあるべきではないのですが)その判断はきわめて厳格に行う必要があると考えます。      
                                                      以 上
(参考文献)
・ 黒崎久仁彦外「入浴中急死例における死因決定の現状と問題点」
・ 高橋龍太郎「高齢者の入浴事故を防ぐ5つのポイント」

以上

弁護士内橋一郎
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