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2008.02.25 コラム一覧に戻る
医師の裁量と患者の利益
〜治療は患者の利益に適うものでなければならない
1,金融取引におけるルールに「適合性原則」というものがあります。専門家である証券会社等の金融取引業者は、金融取引の勧誘にあたって、投資家の意向、知識・経験、財産状態に適合しないものを推奨してはならないというものです。ここでは金融商品が投資家の意向や実状に適合しているかどうかが問われます。
 この適合性原則は金融取引におけるルールですが、医療分野においても、治療法と患者の意向や実状との適合性は当然に問われるべきであり、治療法は患者の利益に適う(適合する)ものでなくてはならないというルールが導き出されるのではないでしょうか。
 そのようなことを考えさせる裁判例(神戸地裁平成19年8月31日判決)を紹介します。

2,患者(以下では「Aさん」といいます)は、当時50才代後半の女性で、頭痛・目眩、歩行障害を訴えて、平成10年5月、国立大学附属病院を受診したところ、大きな蝶形骨縁(内側型)髄膜腫が認められました。執刀医(脳神経外科教授)から、切迫脳ヘルニアの状態で、生命の危険がある等との説明があり、脳神経外科受診日の夜8時頃から、緊急開頭手術(髄膜腫摘出)が実施されました。術前、脳血管造影検査は行われたのですが、側幅血行路の確認はされていません。
 術中、腫瘍の除去を進め、3分の2以上の腫瘍を摘出したところで、腫瘍内に埋没していた右内頚動脈と視神経が露出されました。視神経周囲の腫瘍については摘出困難として残存したのですが、内頚動脈周囲を摘出しようとした際、内頚動脈内側から出血したため、53分間血流を遮断しました。本件手術後、右大脳半球に脳梗塞が発症し、左片麻痺及び失語の後遺症を残しました。
 Aさんは@内頚動脈付近まで手術を行った過失、A腫瘍摘出に際し、安全性確保策をとらなかった過失、B説明義務違反がある等として、大学病院を被告として損害賠償請求訴訟を裁判所に提訴しました。

3,この裁判では、鑑定が行われました。
 医療過誤の裁判は、医療という専門的な領域での出来事が問題になるのですが、法律家には専門的な知識がないので、専門家である医師、殊に大学教授クラスの医師の専門的な見解を聞くことがあります。これを「鑑定」といいます。
 本件での鑑定の結果は、@良性腫瘍の治療方針は可能な限り、初回手術で全摘出を考慮することであり、摘出範囲の決定は術中の術者の判断(裁量)である、A本件において、全摘出、2期的手術、ガンマナイフ治療併用という、3つのオプションが考えられるが、いずれのオプションを選択するかは術者の経験や技量で決まる、B(A)腫瘍が巨大である事情、(B)内頚動脈を取り囲んでいる事情、(C)術前に側幅血行路の確認をしていない事情、(D)視神経周囲を残している事情、(E)内頚動脈周囲の腫瘍が硬い事情、(F)腫瘍が血管壁に浸潤している事情を勘案しても、術者が内頚動脈周囲の腫瘍の摘出を試みたことが不適切とは言えないとするものでした。
 しかし、裁判所は、執刀医の過失を認め、大学病院に損害賠償責任を認めました。
 その理由は次のようなものでした。
 すなわち、@腫瘍の摘出範囲は術者が手術を行い、実際にこれを進めていく過程において得られる情報をもとに決するべきだが、術者の裁量も、その他の事情等をも総合考慮した上で合理的な範囲内に限られる、A(ア)本件では視神経周囲の腫瘍を残置しているが、そうである以上、内頚動脈周囲の腫瘍を摘出したとしても、摘出した場合と残置した場合とでは顕著な差異はなく、内頚動脈付近の腫瘍まで除去する必要性が高かったとはいえない、(イ)同部位の摘出は容易とは言い難く、その操作を誤った場合の危険性は高い(側幅血行路の確認がなされておらず、危険性は一般の場合よりも高い可能性がある)、(ウ)代替手段としても、ガンマナイフや2期的手術の方法があった、(エ)執刀医は明瞭なクモ膜を確認しないまま比較的硬かった腫瘍に対して操作を加えた、B以上総合するに執刀医は特別の事情がない限り操作をすべきではなかった部位に操作を加えた過失があるとしたのです。
 さらに安全対策を取らなかった過失、説明を十分にしなかった過失も認めました。

4,鑑定人の鑑定意見は、本件において、全摘出、2期的手術、ガンマナイフ治療併用という、3つのオプションが考えられるが、いずれのオプションを選択するかは術者の経験や技量で決まるとし、摘出範囲の決定は術者の裁量であって、上記(A)ないし(F)の事情を考慮しても、術者が内頚動脈周囲の腫瘍の摘出を試みたことが不適切とは言えないとするものでした。
 しかし、上記(A)ないし(F)の事情をバラバラに検討した結果として得られた結論は到底、患者の利益に適うものではなかったように思えます。
 判決は、本件治療行為の適否について、患者の利益や安全に係る上記(A)ないし(F)の事情等を考慮した上での総合判断であるとし、医師の裁量も合理的範囲に限られるとして、内頚動脈付近まで手術を行ったことを執刀医の過失であるとしたのでした(さらに安全性確保策をとらなかった過失や説明義務違反も認めました)。
 医療過誤の裁判では、医療上の技術論(過誤)や説明義務違反が問題になることが多いのですが、本件において、裁判所は、治療(方法)は患者の利益に適う(適合した)ものでなければならないとの見地から、医師の裁量にも限界があるとしたもので、それは、医療上の技術論(過誤)や説明義務違反とはまた別の、医療分野での、適合性原則を構想したものとして捉えることも可能ではないかと思われます。

(内橋一郎)

以上

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