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2008.04.23 コラム一覧に戻る
先物被害訴訟のストラテジー@ 浮き玉−その心理分析と客観的証明
《平成20年3月28日 第59回先物取引被害全国研究会(山形大会)での講演から》

浮き玉とは
 先物業者はいろいろな手練手管をつかって顧客を勧誘しますが、その手口のなかに『浮き玉』というものがあります。『浮き玉』という言葉を初めて聞かれた方も多いと思いますが,裁判例によれば,「実際に建玉していないにもかかわらず,建玉をしたと虚偽の事実を告げ(ウソを言って),契約を無理強いする方法」を言うとされています。「注文していないのなら断ればいいのではないか」というように考えられるかもしれませんが,こういう被害は昔からあり,いまも現実にあります。

国民生活センターのブックレット
 国民生活センターのまとめた「海外商品先物取引〜消費者トラブル実態」という冊子の「サラリーマンを相手とする」という項に「浮き玉」のことが紹介されています。
 先物業者の外務員が,「学校の後輩だ」といって勤務先に連絡してくる。「今度こちらに転勤になり名簿で先輩のことを知りました。お近づき願いたい」などと言ってくるわけです。そしてしばらく経ってから,突然に電話をかけてくる。今度は非常に興奮した口調で,「絶好のチャンスです。すごいんです,コーヒーが。私はこんなに興奮したことはありません。絶好のチャンスです。取れるかどうかわかりませんがやってみます」といった感じで電話がかかってきます。顧客の方は,おいおいと思っていると,「いや,もう時間がないので切ります」と言って,外務員が電話をいったん切る。しばらくすると「2枚取れました」などと電話がかかってきます。顧客は当然「いや私はそんなもの頼んでないよ」と文句をいう。しかし外務員は「いや,言いましたよ」と引き下がらない。押し問答になったあげく,決着がつかず,外務員が会社のほうにやって来ることになります。電話をかけてきた男と,大概それに上司と称する男がついてきて,硬軟取り混ぜた態度で契約を迫るわけです。一つは「もう,録音テープに録ってあるから」とか,「損害賠償ものだ」と言ったりする。あるいは「こいつの身にもなってくださいよ。もし契約が取れなかったら,こいつの責任になるんですよ」と泣き落としをかけてきたりするわけです」。
 こういう例は昔からありましたし,現在でもあるわけです。

裁判例
 裁判例をいくつか紹介します。
 例えば,@大阪高裁平成17年1月19日判決のケースでは,京都の教育関係の方がこの浮き玉に引っかかっています。A神戸地裁姫路支部平成18年5月22日判決では,一部上場企業の課長職の人が浮き玉に引っかかっています。B大阪地裁平成18年12月25日判決では,50才前後の電気工事関係の方が引っかかっています。C神戸地裁平成19年12月27日判決では,中堅企業の課長職の人が引っかかっています。みなさん、そこそこの社会経験のある方ばかりなのですよね。まったく社会的経験のない人ではなく,中堅どころのサラリーマンが『浮き玉』に引っかかっているわけです。

共通項
 これらの事例には,共通項が二つあります。一つは,中堅どころのサラリーマンであるということです。要するに,被害者が「おっちゃん」だということなのです。振り込め詐欺が横行していたときに,大阪のおばちゃんは振り込め詐欺に引っかかりにくいという話がありましたが,大阪のおっちゃんのほうは,浮き玉に引っかかってしまうわけです。大阪だけではなく,京都でも姫路でも神戸でも,おっちゃんたちは浮き玉に引っかかってしまう。
 もう一つの共通項は,加害者が同じ系列の会社であるということです。最初@のケースのA社は別にして,A〜CのB社 ,C社,D社はいずれも同系列の会社です。
 つまり中堅サラリーマンをターゲットにした,会社ぐるみの,あるいは企業グループぐるみの詐欺だということもできると思います。

問題の所在と2つのアプローチ 
 この『浮き玉』ですが,大阪地裁判決は「注文していないのもかかわらず,外務員が注文したと嘘を言ったとすれば,顧客は取引初期の段階で苦情を述べたはずだが,そうしてない。原告供述は,不自然で信用できない」として否定しています。
 最初にお話しましたように,注文していないのだったら,断ればいいだけのことじゃないですか、断っていないのだから,そんな事実はなかったでしょうというのが,裁判官が判決を書く際に,寄って立つところの「経験則」なわけです。
 しかし,実例としてはたくさんあるのです。こういった「経験則」を,ほかにもたくさんこういう事例はあるのだという実証的な証明と,最近の心理学的な知見とで,両方から挟み込んでこの論点を乗り越えようというのが,ここでの作戦,大げさに言えば戦略ということになります。

客観的証明,実証的証明
 一つは客観的,実証的な証明です。つまり,同一業者による同種被害事例をたくさん集めるということです。1例だけではなく,2例,3例,4例と集めていく。例えば,国民生活センターに対する照会があります。また呼びかけて同種被害事例を集めることです。例えば,内容証明,示談書,訴状を集める。これらは,裁判所が事実を認定したものではないですが,そういうものでも,数が集まれば,それなりの証明力はあると思います。
 こうやって,たくさんの事例で,実際にこういうことが起こっているのだということがわかるわけです。言わば,外堀を埋める作業が一つです。それが要するに客観的な証拠で,ほかにもあるのだということを証明していくわけです。

主観的証明,心理学的知見の活用ー浮き玉の心理学
 ただそれはあくまでも他の例です。本件はどうかということを,必ず裁判官は気にすると思います。「頼んでいないなら断るはずだろう」というのが,ある意味では常識的かもしれません。そういう一見不合理に見えるようなことをどうして応諾したのかという点の心理描写を,原告本人尋問のなかで,ご本人に語って頂くことが必要なのではないかと思うのです。
 ポイントは,中堅どころのサラリーマン,課長さんあたりが多いということ。しかも,勤務先に,勤務時間に,外務員たちがやって来て勧誘しているという状況があるわけです。
 ちょっと裁判で用いた主張書面(準備書面)を引用します。
「身に覚えのないことだったら断ればいい,帰ってもらえばいいというのは,論理的にはそのとおりである。原告も拒否した。そのことは法廷での供述で繰り返したとおりである。」ここで尋問調書から原告の供述を引用するわけです。「しかし,外務員は一歩も引き下がらなかった。当然,押し問答になる。押し問答を続けている間に,時間がどんどん経過していく。勤務時間中にこんなことをしておれない。同僚がおかしいと思っているのではないか。『帰ってくれ』と立ち上がってもいいが,この連中はそうするとどうするだろうか。大騒ぎを起こすのではないか。そうなると会社でのメンツは丸つぶれである。頭の中をいろんなことが駆けめぐる。原告はそのときのことを,・・・と表現している。「そういった心理状態のなかで,『銀行系ローンであれば,金利も安く,すぐに借りられます。今回は短期の取引だから利息もたいした金額にならない』などと勧誘され,結果的には押し切られてしまうのだ」という主張書面(準備書面)を書きました。
 人間は,深刻な問題に直面したときに,必ずしも論理的に反応するものではありません。感情的に反応するものです。あるいは,ビジネスの上では冷静に対応する人でも,私生活上は感覚的に反応してしまう。これは,「心理学」というまでもなく,われわれ自身が体験してきているところです。そういう事実を,心理学的な文献とか,行動経済学の文献を引用して,補完的に使うことによって,こういうことがあるのだということを裁判官にわかってもらうことができるのではないかと思います。

神戸地裁平成19年12月27日判決
 では,そういうふうにすると,どういう結果が出るかというと,神戸地裁平成19年12月27日判決があります。「原告供述は,原告が,その職場で本件契約締結を勧誘され,困惑し,断りがたい心理状態となった状況などについて整然と供述され,客観的事実とも符合していることから,その信用性は高い」のだとしています。つまり,大阪地裁判決のもとでは,「供述は不自然で信用できない」との結論が出たのですが,ここでは,「信用性が高い」ということを言ってくれました。
 ただ、裁判官はすごく迷われたようです。たしかに,頼んでいないなら,断ればいいじゃないかというのは,ある意味常識的ですから。けれども,客観的,実証的証明により外堀が埋まっている。たくさん例がある。しかも本人が言っていることがストンと胸に落ちれば,裁判所も認めてくれます。ですから,やはり客観的証明と主観的証明の両方から攻めていくことが必要なのではないかと思います。
 浮き玉というのは「言った,言わない」ということではありますが,それでも立証できればインパクトはあると思います。神戸地裁判決は,「虚構の事実を申し向け,困惑させ,契約締結の決意をさせたもので,極めて違法性が強い勧誘方法というべきである」と言っています。この判決では,過失相殺なしという判決を得たのですが,やはりこの「浮き玉」という点にこだわって,一点突破を図ったやり方がよかったのではないかと思っています。

(内橋一郎)

以上

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