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2005.02.09 コラム一覧に戻る
法の実現における私人の役割
1,  「市場の公正」、「取引の公正」は証券取引たると、商品取引たるとを問わず、投資家が市場に参加するのための制度の根幹をなすものです。証券取引・商品取引を規制する証券取引法・商品取引所法は市場の公正、取引の公正を確保するための主たる役割を証券取引等監視委員会等の行政機関に期待しています。
しかし、市場の公正、取引の公正を確保するためにはこういった行政機関による監督と並んで私人に期待される役割も小さくないように思われます。
最近取り扱った、証券の過当取引事案でそのことを実感しましたので、「法の実現における私人の役割」について書きます。

2,  この事案は朝日新聞のコラム(平成16年12月17日夕刊、「窓 論説委員室から−証券会社の体質」(荻野博司論説委員)にその概要が取り上げられましたので、少し長くなりますが、そこから引用します。
   「証券の世界を経済記者として長く見てきた。(中略)環境も市場の顔ぶれもすっかり変わったが、業界の体質はどうであろうか」、「10月に大阪高裁で1つの判決があった。ある会社経営者が日興コーディアル証券相手取って起こした裁判の控訴審だった。彼は84年から日興を通じて株式投資をしていたが、90年代の末にリスクの大きい信用取引を頻繁に繰り返し、わずか10ヶ月で1億7000万円もの損失を出した。裁判では無断で過剰な取引をしたのは日興なのだから賠償金を払えと主張した。
日興側は取引は納得ずくで責任は経営者が負うべきだと反論した。一審は日興に軍配をあげたが、高裁はそれを(「全体として違法な過当取引だとして」)逆転させた」。
そして荻野論説委員は「20年程前に山一証券を訴えた医師のことを報じたのを思い出す」とし、「トラブル防止策を証券界の知人に聞くと(中略)証券会社が出す売買報告書に全体の損益や手数料の明細を書かせることだという。銀行も株を扱う時代。競争に勝ちたいと思うなら、率先してやってみたら」と結んでいます。
 この記事が載ってから約1ヶ月後、日興コーディアル証券が投資家に頻繁な売買を促して手数料稼ぐ回転売買でトラブルになることの反省から、取引残高報告書に手数料累計、売買の結果生じた損益状況、現時点での評価額を明記することを決めた旨が報道されました。平成17年1月14日朝日新聞(朝刊)は「回転売買については日興もトラブルの当事者となっており、会社経営者が日興を相手取って起こした損害賠償請求訴訟判決(昨年10月、大阪高裁)で日興は逆転敗訴している。今回の新制度は敗訴を受けた制度見直しの一環でもある」としています。
 訴訟では激しく争った日興ですが、大阪高裁の逆転敗訴を受けて制度改革を行ったのはある意味、さすがといえばさすがです。しかし、何よりも、勇気を出して、大証券会社相手の訴訟を挑んだ原告がいたからこそ、大阪高裁の逆転勝訴判決があったのであり、そして大阪高裁判決があったからこそ、この制度改革が実現したのです。その意味で、私人である原告が市場の公正、取引の公正を確保する上で、果たした役割は高く評価されるべきあると考えます。

3,  田中英夫・竹内昭夫「法の実現における私人の役割」(東京大学出版)は、法の実現のために私人が果たす役割を高めることが「司法経済」、「行政経済」的な見地からみて、ある法律違反を行政機関の手だけで摘発する体制、法律のエンフォースメント(強制的な実現)を行政機関が「独占」する体制よりも私人による法の実現の道を広く開いておいたほうが効果的かつ経済的であるとしています。行政機関の予算・人員には限りがあり、あらゆる事件を網羅的に取り上げることは不可能であり、被害の影響を受ける私人こそ最も敏感に対応しうること、私人が行政機関と競合することにより行政機関の活動をチェックできること、私人による損害賠償は場合により刑事制裁よりも強い抑止効果がありうることがその理由です。また「司法経済」、「行政経済」の角度だけでなく、国民が裁判を通じて自らの権利を主張し、法のエンフォースメントの一翼を担うことは民主主義の1つの基盤でもあるとしています(174〜177頁)。
   このように法の実現において私人が果たす役割は重要ですが、田中らは、私人が訴訟等でその役割を果たしていくには、経済的にみて、訴訟を利用して引き合うものでなければならず、原告に経済的利益という形でのインセンティブを与えていく必要があるとして、米国の2倍賠償・3倍賠償や懲罰的損害賠償を紹介しています(13頁、177頁)。
では、我が国の法運用は「近代的な経済感覚をそなえた人間からみて、利用してみたくなるよう魅力をもった」ものになっているでしょうか。

4,  我が国では、証券取引、商品取引で損害賠償請求が認容されたとしても、投資家にも落ち度があったとして、過失相殺(賠償額の減額)がなされることが多いのですが、その過失相殺の割合は商品取引で5割前後、証券取引では7〜8割という事例も少なくありません(今川嘉文「信任関係と過失相殺」)。懲罰的賠償どころか、現実に被った損害の填補すら容易にかなわないのが我が国の現状なのです。しかし、これでは私人による法実現に多くを期待するのが実際上、難しい状況にあると言わざるを得ません。
では、このような状況を打開するにはどうすればいいのでしょうか。
現在の過失相殺状況の打開については、3つの方向があると考えます。
第1は、適用場面によって過失相殺の適用を原則的に否定する法理論の構築です。現在、学者や実務家が「不当利得の吐き出し」や「信任関係」という概念を用いて、不当な過失相殺を否定する理論構築に取り組んでいます。前者は、過失相殺を認めることは違法行為をした業者に不正利益を保有させることになり、不正利益のやり得を許すことになることから、過失相殺の適用を否定すべきではないかという議論であり、また後者は業者が事実上取引を主導し、顧客が投資内容及びリスクを認識できず、冷静かつ客観的な投資判断の機会を奪われているのであれば、それ以上の帰責性を負わすべきではないとする理論です。
第2は、判例水準の引き上げです。現場で事件に取り組む弁護士が、従前の判例がとってきた、いわゆる相場的なものに安住するのではなく、少しでも過失相殺率を減らすよう、個々の事件での取り組みのなかで努力することが求められます。
第3は、投資被害における慰謝料請求の問題です。投資被害の場合、慰謝料請求が否定されることが多いため、そもそも慰謝料を請求に加えないことがあるのですが、理論的に認められないことではなく、また慰謝料請求を認容した裁判例も存在するのですから、慰謝料が認容されるよう、努力すべきであると考えます。

5, 、市場の公正、取引の公正確保のために、私人が果たす役割が大きいこと、そして、そのような役割を私人に期待する上で、現在の法運用、ことに投資被害訴訟における過失相殺状況を克服することが重要であることについて述べました。

(内橋一郎)

以上

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