みのり法律事務所みのり法律事務所サイトマップ
CONTENTS MENU
HOME
当事務所のポリシー
メンバー紹介
活動分野一覧
医療事故・医療過誤 >>
金融商品取引・証券取引 >>
先物取引 >>
保険法 >>
独禁法・フランチャイズ >>
家事・相続 >>
一般民事 >>
再生手続 >>
相談・依頼までの手順 弁護士費用
コラム
インフォメーション
リンク
アクセス
プライバシーポリシー
コラム
2014.1.14 コラム一覧に戻る
立証責任の妙
〜車両保険(盗難事案)についての東京地判平成25年1月30日(判タ1394−289)に関する若干の考察                                       弁護士内橋一郎

1.裁判では「立証責任」がどちらにあるのかが争点となることがあります。
 立証責任とは、ある法律的な効果の発生等に関わる事実を、立証できない場合に、不利益を被る当事者の地位というような意味合いで使われます。
ラフな言い方をすれば、裁判の一方の当事者(例えば原告)が立証責任を負うとされる事実について、裁判上その事実を証明できない場合にはその(立証責任を負う側の)当事者が裁判で負けることになります。そこで、その事実の立証責任をどちらが負うのが争点となるのです。
 裁判を提起する原告の側が主張立証すべき事実を「請求原因」、裁判を原告から提起されて受けて立つことになる被告の側が主張立証すべき事実を「抗弁」といいます。
 保険金請求に関する裁判では、保険事故発生時の状況がよくわからないケースが多いので、ある事実が、請求原因すなわち保険金請求者に立証責任があるのか、抗弁すなわち保険会社に立証責任があるのかが、特に問題になります。
 最近の判例誌を読んでいて、この立証責任について、興味深い判示をしている裁判例(東京地判25年1月30日=判タ1394−289)がありましたので、ここで紹介します。

2.平成21年12月4日、X会社はY保険会社との間で、所有する乗用車(以下「本件車両」といいます)を被保険自動車とする自動車総合保険契約を締結しました。この保険契約には被保険者が盗難にあった場合等について補償する車両保険が含まれていました。保険期間は同年12月5日から翌22年5日までで、協定保険金額は350万円でした。
 平成22年10月14日午後8時頃、X会社の代表取締役Aが本件車両を運転し、従業員Bを同乗させ、コンビニに立ち寄りました。Aは知人と飲食するのにお金を出すためにコンビニに立ち寄ったのです。Aはこの時、ATMで10万円を引出し(カードローンで借入)ました。Aはエンジンをかけたまま、本件車両を離れますがが、その後、Bもトイレに行くために、エンジンをかけたままの状態で本件車両を離れます。その直後に、人相を隠した人物が本件車両に近付き、運転ドアをあけて、乗り込み、そのまま走り去ったのです。この盗難の事実はコンビニの録画カメラで録画されていました。
 Aは14日午後9時半頃、警察に被害届を提出し、翌15日、Y保険会社に保険金請求をしました。
 しかし、保険会社は、Xの保険金請求を拒否しました。
 その理由は、@犯人は本件車両の辺りを見回すわけでもなく、本件車両の内部を覗きこむでもなく、躊躇なく本件車両に乗り込んでいるが、それは当初から、本件車両がエンジンをかけたままの状態で人がいないことを分かっていたからで、犯人はAと意を通じた者である、AAは、払戻ではなくカードローンを使って10万円借入れしているのは不自然である、Bコンビニへの入店時間とATMの操作時間との間に10分の間隔があるが、それは盗難を確認するために外の様子をうかがっていたからである、CBはAの戻りを待つ立場にありながら、Aが本件車両に戻る前に、エンジンをかけたままの状態で降車しているのはおかしい、Aが犯人と通謀していない事実を証明するのであれば携帯電話の通話履歴を提出すればいいのに頑なに提出を拒否し続けたなどです。

3.ところで、自動車の盗難事案における立証責任ですが、最高裁は次のように判示しています。
 すなわち保険金請求者は「被保険者以外の者が、被保険者の占有にかかる被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という「外形的事実」を主張立証すれば足り、被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張立証すべき責任を負わない」(最判平成19年4月17日=判タ1242−104)と。つまり盗難の事実、すなわち被保険者以外の者が持ち去った事実を立証すればいいとしています。
 ただし、ここで保険金請求者において立証すべき外形的事実とは、@被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと、及びA被保険者以外の者がその場所から被保険者を持ち去ったことの2つから構成されるとしています(最判平成19年4月23日=判タ1242−100)。被保険者以外の者の持ち去りまで証明できなければいけないというのです。
 本件では、保険金請求者が立証すべき、盗難の外形的事実の範囲が問題になりました。
すなわち保険会社は、ここでいう「被保険者」には、被保険者だけなく、被保険者と意を通じた者をいうと主張したのですが、東京地判25年1月30日は、ここに「被保険者」とは被保険者及び被保険者たる法人の代表者を意味するとしました。その理由は、保険会社のように解釈すれば、保険金請求者が被保険自動車を持ち去った者と意を通じていないことを立証しなければならないことになり、盗難の外形的事実を立証すれば足りるという最高裁の考え方に反するからだというのです。
 「被保険者以外の者が、被保険者の占有にかかる被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」の立証ですら実務上容易ではない(録画でもなければ証明困難)なのに、さらに自動車を持ち去った者と意を通じていないことを立証しなければならないこと等保険金請求者に無理を強いるものであって、東京地判25年1月30日の判示は正当であると思います。
従って、保険会社が免責されるためには、自動車を持ち去った者と被保険者と意を通じていることを保険会社が立証しなければなりません。
4.  東京地裁25年1月30日は、保険会社から提示された疑問点について、1つ1つ検討していきます。
 犯人が車両を覗き込む等の確認をしてないで、本件車両に乗り込んだ点については、本件車両のフォグランプやカーナビの画面が点灯しており、本件車両の相当手前から、本件車両が、エンジンがかかり人がいない状態であることが認識できたと推認できるのであり犯人がそのような行動をとったのも不思議ではない、カードローンで借入をした点も当時キャッシュカードを持っていなかった等一応是認できる理由を供述している、防犯カメラとATMの操作時間の10分の間隔についても防犯カメラの時刻設定についての誤差が明らかになっていない、Bが、エンジンがかかったままで本件車両を離れたのも、本件車両の停車位置がコンビニに一番近い場所で、BもAがすぐに戻ると思っていたとしており、特に不自然とまでは言えない、携帯電話の通話履歴の提出もAはさほど重要とは思っていなかったからで一概に不合理をはいえないなどと疑問点を検討しています(もっと詳細に検討していますが、書ききれないのでこの程度に止めます)が、それは「不思議ではない」、「一応是認できる理由を供述している」、「特に不自然とまでは言えない」、「一概に不合理をはいえない」という表現にあるように、原告主張事実を積極的に認定しているではなく、保険会社の主張している事実の立証が十分できたかどうかを検証しているのです。
 その上で、本件事故については、犯人の窃取の際の行動自体に不自然な部分があり、Aらの行動等についても不自然といえなくもない部分があるが、これらを総合しても、本件事故がAの故意により惹起されたものと認定できず、保険会社の免責の主張は適用できないとしました。
 疑問点は多数あるものの、保険会社に「立証責任」があるという、高いハードルを越える程ではないというのです。

5.裁判という場では、どちらが勝ちで、どちらが負けという結論を出さざるを得ません。曖昧なままにすることはできません。決断が求められるのです。その意味で、立証責任の問題はとても重要です。
 そして、保険事故がどのようなものあったかはよくわからないケースが多く、確かにそれは保険会社にとっても同様なのですが、保険会社の経済力や情報収集力と、単なる個人に過ぎない保険金請求者のそれとの格差を考える時、保険会社に立証責任があるとして、保険会社側に厳しい結論であるとも思える判示をした今回の東京地判の決断は正当であったと思います。
                                                   

以上

みのり法律事務所
〒650-0023 神戸市中央区栄町通6-1-17-301 TEL:078-366-0865 FAX:078-366-0841
Copyright MINORI LAW OFFICES. All Rights Reserved.