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2016.08.01 コラム一覧に戻る
村上浩光さんのこと
村上浩光さんのこと
  
                                        弁護士 内橋一郎

1. このところ、訃報が相次いでいる。有名人では、永六輔さん、大橋巨泉さん、中村紘子さん・・。身近なところでは、義父(昨年12月)、実父(本年6月)、義理の叔母(7月)・・訃報はむかしもいまもあったが、同時代に生きた人が亡くなっただけに、より身近に感じる。
 
2. きょうは、そのなかで、村上浩光さんのことを書きたい。浩光さんは、交通春秋社という出版社を経営されていた。
  交通春秋社は、浩光さんの父上が設立された出版社で、もっぱら、交通事故に関する最新の裁判例を掲載する「交通事故判例速報」という雑誌と「二輪車事故の過失相殺」等をまとめた別冊(単行本)を刊行していた。交通事故判例速報は、判例雑誌よりも、早く、また判例雑誌に掲載されていない裁判例も含めて、スピーディな掲載は魅力だったし、「二輪車事故の過失相殺」当時、判例タイムスの過失相殺本には掲載さ れていなかった(自転車事故も含めて)「二輪車事故」の過失相殺を分析したもので、実務で大いに役に立った。
  浩光さんが大学生のころに、父上が亡くなられたので、その後は、彼が交通春秋社を主幹としてリードしてきた。大学生の浩光さんが、山本寅之助先生の原稿を取りに
  芦屋川の駅まで行かれ、そこに、当時高校生だった(寅之助先生の子息の)彼一郎先生が原稿をもってこられたという話を聞いたような気がする。本当に長い長い間、交通春秋社を引っ張ってこられた。

3. ぼくが、浩光さんに初めて会ったのは、僕が、師匠(ボス弁)である安藤猪平次の法律事務所に入所した頃だった。当時、安藤弁護士のリードで、「二輪車事故の過失相殺」で、二輪車事故を分析し、図面化し、解説を書くという作業をしていた時期だ。そのメンバーは、リーダーの安藤弁護士を筆頭に、今後修、長谷川京子、池田直樹、そして僕も末席に加わった。今思うと、不思議なメンバーだ(その後、この本は安藤弁護士が改訂され、現在は安藤弁護士の単独著書となっている)。
 浩光さんは、この本の編集会議の際に立ち会われていた。
 またぼくも、「交通事故判例速報」の原稿を何度か書かせて頂いた。

4.  浩光さんは、とてもやさしく、とても気が付き、またユーモアに富んだ方だった。
 僕が独立してからも、ときおり、わが事務所にも遊びに来られ、お昼を一緒に頂いたことも、あった。
 ぼくとちょうど一回り違いだが、気持ちも若く、話していて、いろんな話題を提供
し、周りを和ませてくれた。
 このところ、しばらく、お会いしておらず、またお昼でも一緒にと思っていた矢先の訃報であった。
 正直、えっというばかりで、言葉がない。
 あの浩光さんが亡くなったという全く想定外のことだった。
 がんということだが、人はいつどうなるのか、先のことはわからないのだから、会えるときにあっておかねばと思う。

5.  浩光さんはがんの病におかされていたが、「交通事故判例速報」が600号を送り出すまではと頑張ってこられたと妻の智恵子さんから聞いた。
 600号の原稿は安藤猪平次と藤井勲弁護士が書かれた。お二方とも、年齢は浩光さんより上ではあるが、「交通事故判例速報」等をはじめとする著作については、浩光さんにとって、50年来の僚友と言っていいのではないかと思う。交通春秋社は、「交通事故判例速報」600号の発刊を以て幕を閉じた。
 浩光さん、なくなる前に、やっぱり、一度、あっておきたかった・・
と思う。
                      (合掌)
                                                    


以上

弁護士内橋一郎
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