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 1,なぜ、医療過誤事件に取り組むようになったのか。
 私が患者側で医療過誤事件にはじめて取り組んだのは平成5年で、先輩弁護士から医療過誤事件を一緒にやってみないかと声をかけられたのがきっかけでした。
 21才の青年が体調不調を訴えて、夜間、開業医の診察を受け、入院となったが、入院3日目の早朝に死亡した事案で、入院後、画像検査もされず、また症状悪化し、意識混濁となった後も転送措置をとらなかったため、死亡するに至ったとして開業医の過失を問う裁判を起こしました。
 医療過誤事件は、医療という専門的な領域に属する事項について判断がなされるため、証人尋問後、専門家の鑑定意見を求める例が多いのですが、この件でも、医師の尋問を経た後、「鑑定人」が選任されました。裁判所が選任した鑑定人は○○病院院長、○○大学名誉教授、○○学会会長という、肩書きは立派な方でした。しかし、その鑑定は患者に対する偏見に満ちた不公正・不正義なものでした。
 我々はこのような不正義がまかりとおってはならないとの決意で、「鑑定人尋問」により、鑑定人に対し疑問点を質し、その問題性を準備書面で主張したところ、裁判所の理解を得ることができ、「再鑑定」が行われることになりました。再鑑定では当初鑑定とは全く逆の、医師の過失を認める結論が出て、裁判所の「和解勧告」により、再鑑定に従った、医師の有責を前提とする「勝訴的和解」を勝ち取ることができ、依頼者の方からも感謝して頂きました。
 権威ある鑑定人が医師の過失を明確に否定したのですから、患者側に訴訟上、圧倒的に不利であり、精神的にもかなり追い詰められます。野球に例えるのは不謹慎だとおしかりを受けるかもしれませんが、比喩的にいえば、3対0の劣勢で9回裏ツーアウトまで追い込まれている状況に近いように思えます。しかし、相手が権威ある鑑定人でも、自分が正しいと信じるところに従い、十分な準備のもとに、鑑定の疑問点や矛盾をついていけば、その問題性を浮かび上がらせることも可能であることをこの訴訟で学ぶことができました。
  医療には素人である弁護士が医療過誤事件を担当することは容易なことではありません。また医療過誤訴訟の第一人者である加藤良夫弁護士は、医療過誤訴訟には「専門性、封建性、密室性」の3つ壁があるとされています。あるいは医療過誤事件の取り組みには一般民事事件の数倍ないし10倍以上の時間と努力が必要です。しかし、その労苦を乗り越えて、勝訴を得た時の充実感は他に代え難いものがあります。
 この事件を経験したあと、医療過誤事件を自分の大切な活動領域にしたいと考えるようになりました。現在、5件程度の医療過誤事件を担当しています。
 2,医療過誤訴訟とはどういうものか〜ある事案から
 医療過誤訴訟がどういうものであるかを、ある事案を例にとって具体的に説明していきましょう。
 (1)事案
 大腸癌で手術予定の60才代の男性が、早朝に腹部激痛を訴え、入院先の病院を午前5時頃、受診したが、宿直医は問診後、X線検査もせずに、痛み止めを与える以外には経過を見ただけでした。
 また9時になって主治医(外科医)が診察しましたが、主治医もX線検査をしないまま、泌尿器科の受診を指示しました。
 泌尿器科では異常がないとして午前11時頃、外科に戻され、X線検査をしたところ、フリーエアを認め、「穿孔性腹膜炎」と診断されました。
午後1時50分頃から開腹手術が開始されたが、術直後より「敗血症ショック」となり、成人呼吸窮迫症候群、肺炎を併発し、腎不全・心不全を伴い、入院から3日目の早朝死亡するところとなりました。
 (2)相談、証拠保全
 なくなられた患者さんの遺族が相談に初めて来られたのは、平成11年4月でした。お話しをうかがって、病院の対応に問題があると考え、裁判所にカルテ類の証拠保全を申し立てることにしました。
 「証拠保全」とは、カルテ類の改ざんを防止するため、裁判を起こす前に、裁判所の命令に基づいて、カルテ類を保全する手続です。5月に神戸地裁に証拠保全の申し立てをし、6月に病院に赴き、カルテ類を保全しました。
 (3)協力医相談
 保全したカルテ類を分析し、医療ミスがなかったかどうかを検討することになりますが、弁護士は医療については素人ですので、多くのケースでは第三者的な立場で意見を言ってくれる「協力医」に相談することになります。
 協力医の医師を紹介してもらい、7月に面談しましたが、その際、遺族の方にも同席してもらいました。協力医の意見も、有責でした。
 (4)訴訟提起
 平成11年11月に遺族を原告として、神戸地裁に提訴しました。
 提訴の際の弁護士費用(着手金)と印紙代については「法律扶助」、「司法救助」の制度を利用しました。法律扶助とは、法律扶助協会が原告の弁護士費用を立て替えてくれる制度で、毎月法律扶助協会に償還していく制度です。また司法救助は印紙代等の裁判の手数料を裁判終了まで猶予してもらえる制度です。
 (5)証人尋問
 第1回の裁判が開かれたのが平成11年12月です。裁判が始まってしばらく、原告・被告がお互いの言い分を「準備書面」という主張書面で主張します。
 主張の応酬のあと、一番重要な「証人尋問」が行われます。本件では宿直医と主治医の証人尋問が平成13年4月と5月に行われました。   
 (6)私的鑑定書の提出
 尋問終了後、「私的鑑定書」の作成を依頼しました。私的鑑定ないし私的鑑定書とは、裁判所が選任する鑑定人が作成する「公的鑑定」ないし「公的鑑定書」に対するもので、訴訟当事者の一方が私的に依頼する鑑定ないし鑑定書をいいます。
 平成13年6月に鑑定書作成をある大学教授にお願いしたところ、引き受けてくださり、8月初めには私的鑑定書を裁判所に提出しました。
 (7)鑑定手続
 被告病院側は原告側鑑定書に対して、被告側でも私的意見書を準備するとしていたのですが、結局、私的鑑定書は提出せず、13年12月、公的鑑定の申請をしました。
 鑑定事項をどうするか、誰を鑑定人に選任するかは重要な問題ですが、当事者双方に意見の対立があり、鑑定事項の決定、鑑定人の選任までに数ヶ月、時間がかかりました。
 鑑定人の鑑定書が提出されたのは平成15年1月でした。
 鑑定人の鑑定意見は、「穿孔性腹膜炎の発生原因・時期」、「穿孔性腹膜炎の診断の可否」、「X線検査の要否」については当方が主張したとおりでしたが、本件の死因は敗血症ショックではなく、「誤えん」であって、直ちに開腹手術を施行したとしても「救命可能性」はないとするものでした。
 (8)和解手続〜補充鑑定
 鑑定人の鑑定意見のままでは当方の敗訴となってしまいます。そこで、従前、議論のされてこなかった、敗血症ショックや誤えんなどについてもう一度勉強し、カルテ類を分析し直し、協力医の意見も参考にしながら、本件の死因はやはり敗血症ショックによるものであると解すべきであるし、仮に誤えんが死因だしても、誤えんが発生したのは術後管理上のミスだという主張を新たに展開し、主張をまとめた準備書面を文献等の書証と共に、3月に提出しました。
 その後、裁判所の「和解勧告」があり、被告病院側は検討するとしていたのですが、結局、有責を前提とした和解には応じられないとして、6月、「補充鑑定」を申請してきました。補充鑑定とは、既に提出された鑑定書に関連した事項につき、補充的に鑑定意見を求めるものです。
  そして「補充鑑定書」の提出があったのが9月で、鑑定意見は、誤えんは術後管理上のミスによるものだとするものでした。
 (9)弁論終結後の和解手続
 平成16年2月に「弁論終結」し、5月に判決が言い渡されることとなったのですが、仮に死因が誤えんだとしても、術後管理上のミスであるならば、被告病院の責任は明らかです。そこで、裁判所から再度の和解勧告があり、弁論終結後に和解案が示されることになりました。
 ところが、最後の最後になって、裁判所に迷いが生じたのでした。すなわち、本件で被告病院の過失は認めうるが、仮に直ちにX線検査をし、開腹手術したからといって救命できたかどうかは、わからないとしたのです。過失と死亡との間には「因果関係」が必要であり、仮に過失がなければ死亡という結果が発生しなかったという可能性を立証しなければならず、その立証は「高度の蓋然性」でなければならないというのが判例の立場ですが、本件の場合、高度の蓋然性があるとまで言い切れるかと言い出したのでした。今まで一切議論されてこなかったことを弁論終結後に最終判断を下す裁判官が悩み出したのです。
  本件のような、なすべき医療行為を怠ったという「不作為型医療過誤」の場合、適切な治療をしていればその患者さんを救命できたかどうか、本当のところは誰にもわかりません。その意味で、高度の蓋然性があるかどうかは裁判官が最終判断すべき事柄であると思います。しかし、その裁判官も人の子です。迷いもあります。そこで、裁判官が納得して判決ができるような客観性ある根拠(エビデンス)を提供しなければなりません。そこで、既に弁論終結後でしたが、大腸穿孔の治療成績に関する医学論文を収集し、「補充意見書」と共に添付資料として提出しました。
 4月になり、裁判所から、患者側の「勝訴的和解」を内容とする和解案の提示がありました。
 原告には、ここまで時間をかけて闘ってきたので、判決で白黒をつけたいという思いもあり、和解に応じるべきかどうかについては大変に悩まれましたが、判決の場合には、勝訴判決を得てもさらに控訴され、さらに長引く可能性があることを考慮し、最終的には裁判所の和解案を応諾され、5月、判決言渡期日の直前の「和解成立」となりました。
 3,まとめ
 以上、裁判の流れをある事例を通じて説明してきました。平成11年11月に提訴し、和解が成立したのは平成16年5月です。その間に4年半という時間が流れています。このように時間がかかったのは、被告の対応、鑑定手続、裁判所の迷い等によるところが大であるし、また私自身の力不足もあったと思います。
 神戸地裁では近時、「鑑定人ネットワーク」が発足し、迅速に鑑定人が選任される体制がとられつつあり、また鑑定書の提出自体も早くなっています。東京地裁や大阪地裁では「医療訴訟集中部」ができて以降、「審理期間の短縮化」が著しく進んでいると聞きます。法律も改正され、2年以内に解決することが求められることになりました。
  「迅速な裁判」は原告にとって、重要な利益です。迅速でかつ、内容の充実した訴訟ができるよう、今後も研鑽を積んでいきたいと考えます。
以上
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