証券取引をめぐる訴訟としては、ワラントに始まり、株式取引(現物取引)、信用取引、投資信託、仕組債など様々の問題に対し20数年取り組んできました。
近時の証券訴訟としては、信用取引、過当取引に関する訴訟と仕組債に関する訴訟が多いように思われます。
そこで、以下では、信用取引・過当取引と仕組債の問題性についてご説明いたします。
(1)信用取引
信用取引とは、証券会社に委託保証金(現金または株券等有価証券)を担保として差し入れて、現金ないし株券を借りて、最大で担保の約3倍の株式を売買することができる取引をいいます。
1. ハイリスクハイリターン
信用取引においては、手持ち資金(有価証券)の約3倍までの取引(レバリッジ)が可能であり、例えば委託証拠金330万円であれば1000万円の取引ができます。レバリッジ3倍なので損益が現物取引より大きくなりますので、利益も大きくなる可能性がある反面、損失も大きくなる可能性があります。
2. コスト
金利等信用取引特有のコストがあります。
3. 追証
委託証拠金が必要な担保額を下回った場合には担保を追加で差し入れる必要があります。
(2)信用取引に関する規制
1. 信用取引の説明書の交付と口座設定約諾書・同意書
証券会社は初めて信用取引を行う顧客に対しては信用取引制度の概要を記載した書面を交付し、その内容について十分説明すると共に、顧客から信用取引の注文を受ける際はその都度、当該顧客の意向を確認しなければならないとされています(公正慣習規則9号6条)。
2. 信用取引開始基準の設定
信用取引による株式の売買取引が“ともすれば投機色の強い利用になりやすい”ため、信用取引利用客については、投資経験及び資力が十分な顧客の中から厳選されるべきであるとして、日本証券業協会では各証券会社に対し預り資産の規模、投資経験その他必要と認める事項による「信用取引開始基準」を定めることを義務付けています(公正慣習規則9号5条)。
3. 過当取引規制
顧客カード等から知り得た投資資金の額その他の事項に照らし、過当な数量の有価証券の売買その他の取引等の勧誘を行うことが禁止行為されています(協会員の従業員に関する規則7条3項7号)。(信用取引に限るわけではないのですが、信用取引の方が問題になりやすいです)
4. 注意銘柄規制
(ア)日々公表銘柄
大幅な上昇や下落を繰り返すような投機的な値動きをしている銘柄など、「日々公表銘柄の指定に関するガイドライン」の基準に該当した銘柄がある場合に、そういった銘柄の取引により大きな損失を被る可能性のある投資家に注意喚起する目的で、証券取引所が毎日信用取引の残高の公表を行っています。このような銘柄を「日々公表銘柄」あるいは「注意銘柄」といいます。
(イ)委託証拠金率引上等臨時措置
日々公表銘柄として公表されたがそれでもなお「臨時措置に関するガイドライン」の定める基準に該当する場合に、委託証拠金率の引上げ等の臨時措置が行われます。
(ウ)貸株注意銘柄
信用取引において証券会社に対し株券を貸し出す「証券金融会社」が、貸付株券の調達が困難となるおそれのある場合に、証券金融会社が証券会社や投資家に通知、公表を行って貸株利用等に関する注意を促す銘柄をいいます。
(エ)信用取引を受託する場合の説明義務
証券会社は、日々公表銘柄、臨時措置銘柄、貸株注意銘柄について、信用取引を受託する場合は、その顧客に対し、当該措置が行われている旨及びその内容を説明しなければならないとされています(投資勧誘規則12条3項)。
(3)過当取引
過当取引とは、証券会社が、(A)証券取引について支配を及ぼし、(B)顧客の信頼を濫用して自己の利益を図り、(C)当該口座の性格に照らし金額・回数において過当な取引を実行することをいうとされています。
ラフに言えば、手数料稼ぎのために回転売買をさせることです。
過当取引が不法行為に該当し民事上違法と判断されるためには、過当性の要件、口座支配の要件、悪意性の要件の3つが必要とされています。
1. 過当性の要件
過当性の要件を判断する考慮ファクターとして、回転率、保有期間、手数料化率等の指標があります。
回転率とは、顧客の資本が当該証券取引で何回転したかを示す指標です。顧客の買付総額を顧客の平均投資額(各月末の投資残高の平均)を除して計算します。保有期間は購入して売却するまでの期間、手数料化率は手数料の損害において占める割合をいいます。
2. 口座支配性
口座支配性とは、顧客が証券会社の推奨、助言に依存して投資判断を行っている場合、実質的には証券会社が投資判断を行っていたといえる場合をいいます。取引主導性という例もあります。顧客が証券会社から言われるままに取引をしているような場合をいいます。
3.悪意性
悪意性とは、証券会社(担当者)が顧客の信頼を濫用し自己の利益を図る意図を持っていたか、あるいは無謀に顧客の利益を無視して行為したことをいうとされています。顧客の投資判断に重要な影響力を持つ証券会社(担当者)が、過当な取引を主導したとすれば、それ自体、誠実公正義務違反、善管注意義務違反を構成するとして、この要件はわが国では不要という考えも有力です。
(4)過当取引判例
担当した過当取引判例としては、大阪高判平成16年10月15日(判例セレクト25巻60頁、以下「セ」と省略します)、大阪高判平成16年11月5日(セ25巻300頁、原審神戸地裁平成16年4月16日セ24巻35頁)、大阪高判平成20年8月27日(判例時報2051号61頁、セ32巻64頁)、大阪地判平成25年1月11日(セ44巻1頁)、名古屋地判令和3年1月20日があります。他に勝訴和解例が5例あり、過当取引訴訟の成績は現在まで10勝1敗(勝訴判決5例、勝訴和解5例、敗訴1例)です。
(5)ご相談にあたって
問題となる期間の取引分析が必要です。多数の取引がありますので取引分析には多少のお時間を頂くことになります。
厳密な分析には顧客勘定元帳を取り寄せる必要がありますが、最初のご相談の際には、取引報告書、取引残高報告書(月次報告書)を持参して頂けると取引の概要をつかむのに役立ちます。取引残高報告書(月次報告書)や取引報告書は重要な証拠にもなりますので廃棄したり、書き込みをしないよう注意してください。
(1)仕組債
仕組債とは、一般的な債券とは異なり、利息の利率及び元本の償還額(償還対象)並びに償還時期(期限前償還)が、参照指標である個別株式の株価、株価指数、為替等の推移により変動する債券をいいます。
仕組債としては、個別株価に連動するEB(他社株償還条項付社債)、日経平均株価等の株価指数に連動する株価指数連動(リンク)債、ブラジルレアル等の為替に連動する為替連動(リンク)債等があります。
(2)仕組債の3つの問題点
以下ではEBを例にとって仕組債の問題点(デメリット)とされている点を説明します。
1. プットオプションの売主としてのリスクの引き受け
EBでは、参照銘柄の株価が仕組債発行時の株価(仮に1000円とします)よりも下落して一定の価格(ノックイン価格、仮に600円とします)よりも低くなった場合、拠出した金員(仮に1万円とします)では償還されず、参照銘柄の株式で現物償還されますが、その場合に償還される株式数は買付総額(1万円)を発行時の価格(1000円)で換算(除)した株式数(1万円÷1000円=10株)になります。しかし株価は600円に下落しているのですから10株だと6000円で4000円分、つまり参照銘柄の下落した分に応じて損することになります。
このように1万円分のEBを購入しても参照銘柄の株価が600円以下に下落してノックインすると、下落した株式(1株600円)を10株償還されることになるのは、債券に個別株についてプットオプションの売りが組み込まれているからです。すなわちプットオプションとは、一定の事由が発生した場合に予め定められた価格で原資産を売り付けることができる権利をいいますが、この例でいうと、株価が600円になってノックインした場合には、発行時の株価1000円で参照銘柄の株式を売り付ける権利を発行体側が持っているということになります。発行体側がそのような権利を持っているのは、EB購入者がプットオプションを売ったからで、EBにおける利金とされるものは本来プットオプション売却の対価ということになります。
EB購入者は、参照銘柄株式のプットオプションの売り手としてのリスクを引き受け、原資産の下落リスクを負担することになります。
2. リスクとリターンの不均衡
EB購入者は原資産である個別株式の下落リスクを引き受けますが、反対に株価がいくら上昇しても支払われるのは償還元本で株価上昇の利益は得られず、単にプットオプション売却の対価として利金を受けるだけで、リスクとリターンに不均衡があります。
3. 流動性の欠如・制限
基本的に途中売却できない商品であるため、仮に途中でEBを売却しようとすると買い叩かれる傾向があり、廉価でしか売却できないとされています。
(3)近時の仕組債について
1. トリオEB
トリオEBというのは、参照銘柄が3つあるEBです。
元本償還について、3銘柄のうちの1つが一度でもノックイン価格(通常発行時価格の60%)以下になった場合に元本が棄損されるので、参照銘柄が1つのEBよりも元本棄損の危険性は顕著に高いことになります。また3銘柄中で最もパフォーマンスの悪い銘柄で現物償還されるので、参照銘柄が1つのEBよりも棄損率が高くなる可能性もあります。
高率のクーポンを得るには3銘柄がすべてクーポン判定価格(通常発行時価格の80%)よりも高くなる必要がありますが、業種の異なる3銘柄がすべてクーポン判定価格以上になるという条件は厳しく購入者の利益を大きく制約します。
早期償還は、元本償還されるという面では安全に資するメリットがありますが、3銘柄がすべてノックアウト価格(通常100%)以上でなければ早期償還されないというという条件は厳しく、購入者の元本償還の利益を大きく制約することになります。
総じて、複数指標が元本償還、利金、早期償還において、購入者に不利益な方向でのみ働くという顕著な不利益性があります。
2. 複数指標損失2倍連動債
例えば、日経平均株価とブラジルレアル為替レートの2つの指標が参照指標とする仕組債があります。
この場合、元本償還額は、2つの指標のうち1つでもノックイン価格以下になった場合に元本棄損されます。
この場合、2つの指標のうち、下落率が大きい方の指標が適用され、加えて、元本棄損は悪い方の指標の下落率の2倍になります。
利金や早期償還の面でも、2つの指標共に、クーポン判定価格、ノックアウト価格をクリアする必要があります。
(4)違法性の構成
上記仕組債の違法性を争う場合の法律構成としては、適合性原則違反という構成と説明義務違反という構成があります。
適合性原則違反は、当該仕組債が当該顧客の投資意向に沿うものか、知識経験に照らしてその仕組みや危険性等を理解し対応できるか、財産状態(資金の性格、資産額等)に適したものであるか等が問われることになります。
説明義務違反では、当該仕組債の仕組みと危険性について当該顧客が理解できるような十分な説明がなされたか否か、過去データ等に基づき最悪のシナリオの説明がなされたか、顧客の許容できる損失額等の確認がなされたか等が問題になります。
(5)ご相談にあたって
お手元にある資料をご確認ください。交付されていない場合もありますが、できるだけ探してください。そういった資料には絶対に書き込んだりしたりしないでください。