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2009.05.19 コラム一覧に戻る
介護事故判例の現況とその読み方についてA(内橋一郎)
4, 注意義務の程度
 介護過誤の場合における注意義務の程度・水準については、一般人に求められる注意義務ではなく、「介護の専門職」としての、高度の注意義務を負うものと考えられます。
 医師の場合、医業に従事する者はその業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる「最善」の注意義務を要求される(最高裁昭和36年2月16日判決)とされています。
 これに対し、ボランティアの場合は、障害者の身を案ずる「身内の人間が行う程度の誠実さ」を以て、通常人であれば尽くす注意義務を尽くすことが要求されています(東京地裁平成10年7月28日、判時1665−84)。
 介護職の場合は、このいずれでもなく、「介護の専門職」としての高度の注意義務を負うものと考えられます。介護保険の導入に伴う社会的介護の浸透と契約化により、介護職に対する一般市民の期待は高まり、その業務における知識・経験について高度の信頼を受けるに至っており、これに対応する形で、高度の注意義務が要請されると考えられるからです。それは、身内の人間が行う程度・レベルのものでは足りないが、介護サービス自体が医療サービスに比して歴史が浅く、専門性の成熟度が異なるため、医療における程の高度さは求められないものと考えられます。
 横浜地裁平成17年3月22日判決(判時1895−91,判タ1217−263)は、施設内は常時杖をついて歩行していたデイサービス利用の85才の女性に職員が付添、トイレ(前)までいったが、トイレ内の同行を拒否されたため、便器まで1人で歩かせたところ、転倒し、大腿骨内側骨折した事案につき、介護者は「介護の専門的知識を有すべき者」として、要介護者に対し、介護を受けない場合と、その危険を回避するための介護の必要性とを「専門的見地」から、意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したという場合でなければ介護義務を免れることにはならないとしました。専門家としての、高度な注意義務が課されるとしたものと考えられます。

5, 予見可能性
 過失を結果回避義務(行為義務)違反と捉える立場(通説)では、過失評価の前提として、行為者に結果発生の「予見可能性」が存在することが必要であり、かつそこでの予見可能性は権利侵害の具体的危険に結びつけられたものでなければならないと理解されています。
 転倒事故を例に取れば、高齢者であれば転倒しやすいという一般的抽象的な危険では足りず、現実に発生した結果に対する具体的な危険(を基礎つける事実)が予見できたことが必要になります。
 例えば、現実に発生した事故を予兆するような事実がある場合には予見可能性が肯定される傾向があると考えられます。
 東京地裁平成8年4月15日判決(判時1588−117)は、病院でのベッドからの転落事故に関するものですが、軽度の認知症とパーキンソン病のある患者が午前4時頃に、ベッドから転落し、側頭部を打撲し、死亡するに至ったケースにつき、過去におけるベッドでの立ち上がりの事実や近接した日時にベッドからの転落した事実等から本件事故の発生が予見可能であったとしています。
 これに対し、大阪高裁平成16年5月13日判決(判例集未掲載)は、パーキンソン病、認知症のある87才のショートステイ利用者が午前6時30分頃、洗面所付近で転倒、脳挫傷等したケースについて、過去施設を利用した際には転倒事故はなく、自宅での転倒は殆どなかったし、当日の心身の状況も特段問題なかったこと等から、施設の責任を否定しています。

6, 結果回避義務−3つの視点
 一般に、結果回避義務違反は、損害発生の危険の程度ないし蓋然性の大きさ、被侵害利益の重大さ、当該損害回避義務を負わせることのよって犠牲にされる利益等が総合考慮され判断されるものと考えられます。
 介護事故における、結果回避義務違反を判断する上で、重要なポイントの1つとなるのが、当該回避義務が、当該介護者(介護施設、介護業者)によって適切になしうるのかという、介護現場の「能力論」です。例えば全利用者に対して常時監視義務を介護現場に課することは無理な要求になります。介護現場において現実に可能な行為が求められることになると考えられます。
 前述の大阪高裁平成16年5月13日判決は、施設には見守り義務があるとの利用者側の主張に対し、本件事故を回避するには、異常を察知した時に直ちに介助できる距離で被害者を常に見守ることが必要であるが、全利用者にこのような義務を負うとするのは過重であるとして施設の責任を否定しました。
 しかし、重要なことは、医療過誤事件について、「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるべきものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行と必ずしも一致するものでなく、医師が医療慣行に従った医療行為をしたからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」(最高裁平成8年1月23日判決)とされると同様に、平均的な介護施設が行っている介護慣行にしたがったからといって直ちに免責されるわけではないと考えられる点です(もっとも、介護の実践における介護水準が存在するのか、あるいはどのようなものかについては、なお議論がありうるところだと思われます)。
 次いで、介護事故における結果回避義務を考える上で、2つ目の重要なポイントは、安全確保の必要性と「自由・自立・自己決定の尊重」という、局面によっては対立する可能性のある利用者自身の利益保護をどう調整するのかという点です。
 例えば、こんにゃくは誤嚥を起こす可能性があるとしても、それを好む高齢者も少なくなく、体にもよいとされていますので、高齢者の食事に供することが直ちに注意義務違反であるとは言えないと考えられます。
 横浜地裁平成12年6月13日判決は、こんにゃくを供したことについて、通常食材として使われ、身体にとって有用なものは、単に誤嚥の危険性があるからという一事によって過失があるとは言えないし、小さく切り分ける等調理上の工夫によって必要な注意は十分に尽くされているとして施設の責任を否定しました。
 ただ、介護者は介護の専門家なのですから、利用者の意向に添っていればいいというものでもありません。安全も自由も、利用者(被介護者)にとって、確保されなくてはならない重要な利益・権利であり、安全と自由との関係をどう考え、どうバランスを取っていくかは、利用者(被介護者)の判断力も含めた要介護の状態、問題となる行為の危険性の程度等を総合的に勘案して具体的な局面において判断することが必要であることは既に述べたとおりです。
 横浜地裁平成17年3月22日判決は、介護者は「介護の専門的知識を有すべき者」として、要介護者に対し、介護を受けない場合と、その危険を回避するための介護の必要性とを「専門的見地」から、意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したという場合でなければ介護義務を免れることにはならないとしました。
述べたとおり、結果回避義務を検討する上で、安全確保の必要性、介護現場の能力論、自由・自立・自己決定の尊重の3つの視点が重要であると考えられます。
 
                                                以 上
(参考文献)
・ 古笛恵子編著『介護事故における注意義務と責任』(新日本法規)
・ 高野範城・青木佳史編『介護事故とリスクマネジメント』(あけび書房)
・ 兵庫県弁護士会消費者保護委員会・兵庫県国民健康保険団体連合会『改訂版介護トラブルの処方箋』(兵庫県社会福祉協議会)


                                                弁護士 内橋一郎

以上

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