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2009.05.25 コラム一覧に戻る
介護事故判例の現況とその読み方C(内橋一郎)
4,誤嚥事故
(1)誤嚥

 誤嚥とは、嚥下されて食道から胃に入るべき食物等が気道(気管、気管支、肺)に入ることをいい、窒息、誤嚥性肺炎の原因となります(※1)。
  誤嚥を発症する要因としては、嚥下障害、誤嚥を起こしやすい食物(こんにゃく、かまぼこ、パン、おにぎり)、姿勢等があるとされています。
誤嚥事故については、誤嚥の発生を未然に防止すべき見守り義務と、誤嚥発症後の緊急救命措置が問題になります。

(2)誤嚥事故と見守り義務

@横浜地裁平成12年6月13日判決(賃金と社会保障1280−60,No5)
は、老健施設において、軽度の認知症(徘徊、失禁)があるが摂食障害のない76才の男性が、こんにゃくを喉に詰めたため、職員がタッピングをし、吸引機を使用し、口に指を入れて取り出し、病院に搬送したものの、死亡したケースについて、こんにゃくを食材として提供した点については、通常食材として使われ、身体にとって有用なものは、単に誤嚥の危険性があるからという一事によって過失があるとは言えないし、小さく切り分ける等調理上の工夫によって必要な注意は十分に尽くされているとしました。また、監視体制については、40名の入所者は自身で食事をすることができるのであって、職員3名が食堂内を巡回し、その都度必要な介護を提供していたこと、食材によって付き添って摂取させることが必要な入所者に対しては料理を事前に取り上げておく等の措置を講じていたこと、本件事故直後に職員3名が直ちに利用者のもとに駆け寄り救急救命措置を講じていることから、本件監視体制が妥当性を欠くとはいえないとし、事故発見後についても、速やかに救急救命措置を行っているとして、遺族の損害賠償請求を棄却しました。

A名古屋地裁平成16年7月30日判決(賃金と社会保障1427−54、No15)は、特別擁護老人ホームに入所していた、食事を含む全要介助状態、総入れ歯、嚥下障害の、75才の男性に対し、助六寿司、おでんの卵、こんにゃく、はんぺんを食べさせ、介護者が他の利用者の介助のため目をはなしたところ、苦しそうな表情をした利用者を発見し、タッピング、器具ではんぺんとこんにゃくを取り出したが、心肺停止状態で病院に搬送され、窒息で死亡したケースについて、こんにゃく・はんぺんを、義歯で嚥下障害ある利用者に食べさせるについては、誤嚥を生じないよう細心の注意を払う必要があり、職員には、こんにゃくを食べさせた後、口の中の食物残留の確認及び嚥下動作の確認する注意義務があったのにしていないとして、損害賠償責任(慰謝料2100万円、葬儀費用106万円、弁護士費用220万円)を認めました。

B福岡地裁平成19年6月26日判決(判時1988−56,No24)は、認知症で、義歯で、嚥下障害があり、看護日誌には、食事摂取時は必ず義歯装着のこと、誤嚥の危険性ありの記載のある、病院に入院中の80才男性に対し、おにぎりを提供する際、義歯の装着を勧めたが、痛いと言って拒否、他の患者のため、30分間、病室を離れたところ、おにぎりを誤嚥して窒息死したケースについて、嚥下障害ある利用者に、義歯を装着させないまま、嚥下しにくい、おにぎりを提供したのであるから、より一層誤嚥の危険性を認識していたのであり、利用者が誤嚥して窒息する危険性を回避するため、介助する場合はもちろん、利用者が1人で摂食する場合も、一口ごとに食物を咀嚼して飲み込んだか否かを確認するなどとして、注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があり、仮に他の患者の世話などのために、利用者の許を離れる場合でも頻回に見回って摂食状況を見守るべき義務があった(見回りは5分おきでも足りない。より頻回の見守りが必要)なのに、これを怠ったとして損害賠償責任(慰謝料、逸失利益、入院雑費、葬儀費用、弁護士費用の合計で2882万円あまり)を認めました。

(3)誤嚥後の対応(救急救命措置)

@横浜地裁川崎支部平成12年2月23日判決(賃金と社会保障1284−38,No3)は、特養にショートステイ中の、重症の認知症で、むせる、口に食物をためる傾向のある73才の男性が、8時20分食事を摂取、23分舌に少しご飯が残っており、水分ゼリーを一口とり、薬を乗せて、口の中に入れ、ごっくんしたのを確認後、他の利用者の介助に入ったが、25分利用者が顔を上に向け、目を見開き、口を開いて、手をだらっと、さげていたため、声かけ、頬を叩いたが反応はなく、血圧もとれない状態になり、36分家族に電話し、40分119番、50分救急車到着したが、既に息が途絶えた状態になり死亡するに至ったケースにつき、利用者の異変を発見して真っ先に疑われるのは、誤飲(誤嚥)であるのに、誤嚥を予想した措置(背中を叩く、吸引器使用、救急車を呼ぶ)をとっていないのは過失であるとして、遺族の損害賠償請求(2200万円、控訴審では1800万円和解)を認めました。

A東京地裁平成19年5月28日判決(判時1991−81,No23)は、(ア)特養に入所中の97才女性が、ある年の8月、出前の玉子丼を食していたが、口から泡を出しているところを発見され、吸引措置。再び口から泡を出して、背中を叩き、吐き出させるとカマボコが出てき、呼びかけに応じるようになった、(イ)その後寮母室前において様子を見るが常時傍に付いていたわけではなく、他の介助の合間に様子をうかがう程度のものであった、(ウ)その後、顔面蒼白でぐったりとなり、1時5分、119番通報、10分救急車到着した時点では、呼吸脈拍停止、意識レベルは痛み刺激にも反応しない状態であった、(エ)病院では低酸素脳症、窒息と診断された。(オ)その翌年7月死亡したケースについて、施設には専門的な医療設備はなく、職員らは医師免許や看護師資格を有しておらず、医療に関する専門的な技術や知識が認められないことから、食物を誤嚥したと疑われるような場合、職員らは応急措置を施したとしても、必ずしも気道内の異物が完全に除去されたか否かを的確に判断することは困難であったこと等から、容態が安定したように見えたとしても、引き続き、利用者の状態を観察し、再度、容態が急変した場合には直ちに医療の専門家である嘱託医に連絡して適切な措置を講じるよう求めたり、119番通報する義務を負っているが、本件ではそれらの措置が果たされていないとして施設の損害賠償責任(慰謝料400万円)を認めました(直接死因は老衰であるが、虚血性脳症が死因に影響を及ぼした面があることは否定できない)。

B神戸地裁平成13年4月15日判決(下級裁判例集,No13)は、特養に入所中の、全盲、咀嚼能力高い82才の男性に対し、(ア)担当職員が、食事介助当初、パンを小さめの一口大に千切って利用者の口の中に入れたが、咳き込んで、パンを吹き出した、(イ)パン粥スプーンで一口介助したが、パンを飲み込めず、口の中にパンを溜め込み、飲み込むように促すと、ようやく飲み込んだ、(ウ)その後、むせたり、咳き込んだりする様子はなかった、(エ)8時、職員は下膳の手伝いをして、8時5分、利用者の食事介助をしたが、口をあけないので、他の利用者の介助をしていたところ、8時8分、急にヒーヒーと言い始め、顔面蒼白となった、(オ)その後、背中を叩いたり、吸引機で吸引し、アンビューバックで人工呼吸をし、心臓マッサージをし、8時25分、医師が到着したが、瞳孔散大の状態で、病院に搬送して心肺蘇生術を施行したが、8時40分死亡するに至ったケースについて、介助した利用者がパン粥を口に溜め込み、なかなか飲み込まない事態から、誤嚥の可能性を認識することは不可能であり、仮に認識すべき義務があるとすれば、食事介護中は常に肺か頸部の呼吸音を聞く必要があり、また誤嚥を正確に評価するには嚥下造影をすることになるが、このようなことを特別養護老人ホームの職員に義務付けることは不可能を強いることになるとして、施設の責任を否定しました。利用者がパン粥を口に溜め込み、なかなか飲み込まない事態を誤嚥の兆候と事後的に判断することはできても、事故発生当時において、介護職員に、医療専門家のような高度な注意義務を期待することはできないという趣旨に理解できます。

※1 嚥下は、(ア)食物の認識→(イ)咀嚼と食塊形成→(ウ)咽頭への送り込み→エ)咽頭通過食道への送り込み→(オ)食道通過のプロセスを経るが、(エ)と(オ)の段階で、誤嚥が発生する可能性があります。すなわち食塊は、嚥下反射により咽頭を通過し、食道に運び込まれますが、嚥下反射は食塊が咽頭に入ると、鼻と気管に通じる窓と、口に通じるドアが閉じ、食道に通じるとドアが開きます。気管へ通じるドアが閉鎖していないと食塊は気管に入り誤嚥を生じます。また食道に食塊が送り込まれると逆流しないように食道括約筋が閉鎖されます。食道括約筋には上食道括約筋と下食道括約筋があり、下食道括約筋の閉鎖が不完全であると胃から食道への逆流が起こり、さらに上食道括約筋の閉鎖が不完全であると、胃酸、消化液、細菌を含んだ食物が咽頭に逆流し、誤嚥すると、肺炎の原因になるとされています(以上につき、神戸地裁平成13年4月15日判決参照)。

                                           以 上
                                        弁護士 内橋一郎

以上

弁護士内橋一郎
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