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2009.05.25 コラム一覧に戻る
介護事故判例の現況とその読み方D(内橋一郎)
5,その他の事故

(1)無断外出(失踪)

  静岡地裁浜松支部平成13年9月25日判決(賃金と社会保障1351−112,No7)は、週2回のデイサービスを受けていた認知症の男性Aが、一階廊下にある高さ84pの網戸付きサッシ窓から脱出し、行方不明になり、1ヶ月後、遠方の海岸で死体となって発見されたケースについて、Aは施設内にいる人が多数になると精神的に不安定になり、帰宅したがる傾向があり、当日も、靴を取りに行ったり、廊下でウロウロする等の不穏行動が見られたことから、Aの外出は予見できたのであり、Aの行動を注視して、脱出しないようにする義務があったとし、その際、寮母2人で男性4名、女性5名の合計9名の認知症老人を介助し、入浴サービスに連れて行ったり、要トイレ介助の女性をトイレに連れて行ったりするのは過大な負担であるが、これを以て結果回避の可能性がないとは言えないとして、施設職員の過失を認めました(ただし、死亡との因果関係は否定し、行方不明になったことに対する慰謝料遺族4名に対し合計で約260万円を認めました)。

(2)利用者同士のトラブル

 大阪高裁平成18年8月29日判決(賃金と社会保障1431−41,No19)は、車椅子に座ってデイルームでテレビを見ていたショートステイ利用中の93才の女性(要介護5)Aに対し、92才で認知症の女性(要介護3)Bが、自分の車椅子であると誤解して、Aの車椅子のハンドルを掴んだり、Aの背中を押していたところを施設職員が発見し、注意、車椅子はAのものであることを説明し、自室に戻らせたが、その後(当日中に)同じようなことが2度3度と繰り返され、3度目には、Aを転倒させ(この時Cは、他の利用者の介護に戻っていた)、大腿骨頸部を骨折し、結果的に、両下肢機能不全等の障害が残ったケースにつき、2度3度と繰り返されたBの行動からすると、職員の説得には納得しておらず、その後も継続して同様の行為を行うことは予測可能であり、しかもBは日頃から職員に対する暴行行為もあり腕力も強いのに対し、Aは小柄であるから、Bの行為よりAが転落することは容易に予見可能であるから、職員はBを自室に戻るように説得するだけでなく、Bを他の部屋に移動させてAから引き離し、接触できないような措置を講じてAの安全を確保し事故を未然に防止すべきであったとして、安全配慮義務違反を認め、慰謝料、治療費、入通院関係費用、介護費用増額分、弁護士費用の合計1054万円あまりの損害賠償を認めました。

(3)障害物

@病院ないし介護施設内の障害物のため、利用者が怪我したケースがあります。

A福島地裁会津若松支部平成12年8月31日判決(判時1736−113,No6)は、病院内で、廊下の防火扉の取っ手に子供が触れたことで、防火扉が始動、71才の患者が右不全片麻痺のため、避けられず、扉に接触して怪我をしたが、通常人なら回避可能であったケースについて、事故現場は病院で高齢者や疾患を有する者が多数往来している場所であり、そのような場所で事故が起きれば重篤な傷害事故になることは予測できる等の理由から、利用者の疾患を斟酌して損害額を減額することはかえって公平を欠くとして減額を認めませんでした。

B福島地裁白川支部平成15年6月3日判決(判時1838−116,No9)は、老人保健施設において、95才女性で要介護2の利用者が、自室のポータブルトイレの排泄物が廃棄されていなかったので、老人カーに掴まりつつ、トイレに排泄物を捨てに行ったが、出入り口にあるコンクリートの仕切りに足を引っかけ、転倒したケースについて、本件施設は、特に身体機能の劣った要介護老人の入所施設であるので、入所者の移動や施設利用の際、身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造でなければならないとし、現に入所者が出入りすることがあるトイレ内の処理場に設けられた仕切りは下肢機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせるものであり、土地工作物に該当するとして施設の責任を認めました。

(4)送迎

@介護サービス提供それ自体だけでなく、その送迎の過程においても、安全配慮義務が問題にされました。

A東京地裁平成15年3月20日判決(判時1840−20,No8)は、デイケアを受けた後、介護士が運転する送迎バスで、中程度の認知症はあるが自力歩行可能な利用者を送迎し、利用者が送迎バスから降りた直後に転倒したが、運転手は踏み台を片付け、スライドドアを閉めて施錠等の作業中であったケースについて、看護士が送迎をしており、送迎代も請求されていたこと等からデイケアと送迎は一体であり、信義則上の安全確保義務として、送迎バスが停車して利用者が移動する際に同人から目を離さないように介護士に指導するか、職員を1名増員すべきであるとして介護者側の責任を認めました(ただし、患者側の過失は4割の過失相殺)。

B東京地裁平成17年6月7日判決(判例集未掲載,No17)は、訪問介護ヘルパーが、雨の日に、歩行が不安定な87才を医院まで歩行介助したが、医院玄関がタイル張りのところ、透析バックを肩に掛け、洗濯物袋を左腕に引っかけ、傘を左手に持った状態で、利用者を自分の肘に掴まらせようとして腕をL字形に曲げ、利用者の体の前に差し出したところ、利用者が転倒し、右大腿骨転子部骨折したケースについて、タイル張りの医院玄関床が滑りやすくなっていることが推測されるから、荷物をタクシー内におく等して、まず自らの身体の動きを確保した上で、利用者の左腕を組み、腰に回すかあるいは体を密着して利用者が転倒しないよう病院外に出るべき義務があったとして介護者側の責任を認め、入院費、介護費用増額分、自宅改装費・介護器具購入費用、慰謝料、弁護士費用の合計で約1500万円の賠償を命じました。

6,まとめ
、介護事故に関する裁判例を概観してきました。
 判例集等の公刊物等で比較的把握しやすい介護事故判例は20例ほどであると思われます。
 1つ1つの裁判例はそれぞれのケースにおいて担当した裁判官の判断が下した結論であって、全般に共通する特徴があるとはいえないとしても、関連した論点ごとに各裁判例を比較対照することにより、将来の方向性を示唆する要素も含まれているようにも感じられます。
 「介護の現場は法律のなじまない世界である」、「問わなくてもいい責任は問わないというスタンスで臨まないと将来的に持続可能な介護はあり得ない」との意見があります(「事例解説介護事故における注意義務と責任」はしがき)。なるほどと頷くものがあります。
 また介護事故判例は介護者にとって厳し過ぎる、あるいは法律家は介護の現場を知らないとの声もあります。あるいは、そうかもしれないとも思います。
 ただ、ここに示された介護事故判例は、介護事業者側が訴訟に加わり、その視点や意見を述べ、事実を主張立証した上で、公正公平な立場にある裁判所が下した結論だけに、相応の重みがあると考える次第です。


(以上につき、参考文献)
・ 古笛恵子編著『介護事故における注意義務と責任』(新日本法規)
・ 高野範城・青木佳史編『介護事故とリスクマネジメント』(あけび書房)
・ 兵庫県弁護士会消費者保護委員会・兵庫県国民健康保険団体連合会『改訂版介護トラブルの処方箋』(兵庫県社会福祉協議会)

                                            以 上
                                     弁護士 内橋一郎

以上

弁護士内橋一郎
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